和歌と読み方
夜をこめて 鳥の空音は はかるとも
世に逢坂の 関は許さじ
よをこめて とりのそらねは はかるとも よにおうさかの せきはゆるさじ

藤原行成と清少納言

この和歌はいつもとは違うパターンで説明します。

歌の意味の前に、藤原行成清少納言についてお話いたします。

藤原行成清少納言は、仲がいいことで有名でした。

清少納言は教養もあったので、藤原行成としても話が合ったのでしょう。

しかし、恋仲ではありませんでした。

ちなみに、藤原行成清少納言より10歳年下です。

二人のやりとり

清少納言の書いた『枕草子』にも出てくる有名な話があります。

ある日、行成は、夜更けまで清少納言と話しこんでしまいました。

文学談義に花が咲いたのでしょう。

ところが、次の日の用事を思い出した行成は、

「そういえば、明日は早起きだった」

と帰ってしまいます。

せっかく楽しく語り合っていたのに、話の途中で帰っていったことを気にしたのでしょうか、

次の日に行成清少納言に文を贈ってきます。

「今日は心残りがある気がします。夜通し、昔の物語について話をしようと思っていましたが、鶏(にわとり)の声につられて帰ることになりました。」

この文への清少納言の返しがこれです。

「あんな夜中に鳴く鶏って、孟嘗君(もうしょうくん)のあれ?(それってニセモノの鶏ってことになるじゃない)」

ちょっと分かりにくいと思いますので解説します。

中国の漢王朝の時代に書かれた書物に『史記』というものがあります。

その中に出てくる話で、関所の門を開かせるために、鶏の鳴き真似をして開けさせた人物が孟嘗君(もうしょうくん)です。

行成は、話の途中で帰ったことを軽く詫びたつもりでした。

もっと言えば、実はもっと話がしたかったので

「また語り合いましょう」

なんて気持ちもあるかもしれません。

しかし、清少納言『史記』孟嘗君(もうしょうくん)話を持ち出して、

「あんた、鶏が鳴いたっていうけど、そりゃあニセモノの鶏じゃない?」

とからかっています。

これに対して行成も黙ってはおりません、いたずら心が起きたのでしょうか、悪ノリします。

孟嘗君が鶏の鳴き真似して門を開けた関所のことじゃありません。私が言っているのは逢坂の関のことですよ」

清少納言が、『史記』の中に出てくる関所を言うなら、

行成はその関所に引っかけて「逢坂の関(おうさかのせき)」を持ち出してきました。

なぜピンク色か。

それは「逢坂の関」が、当時の人にとっては恋愛のキーワードだったからです。

知らない人が見たら、行成清少納言を口説いているようにしか見えません。

「ええ?ぼくとあなたは、逢坂の関で落ち合う恋人のような仲じゃないんですか?」

このやりとりは二人の言葉遊びです。

清少納言の和歌攻撃

しかし、言葉遊びの悪ふざけもどこかで「けり」をつけなければなりません。

ここで清少納言が本気を出します。

「お、この小僧。またおばちゃんをからかいやがって。くらえ、和歌攻撃!!」

夜をこめて 鶏の空音は はかるとも 世に逢坂の 関は許さじ

「夜中にニセモノの鶏の鳴き真似したって、逢坂の関は許さないわよ。(私と「逢坂の関」なんて10年早いわよ)」

ここで、百人一首にも取られたこの和歌が詠まれました。

ところで、このタイミングで行成に和歌を投げつけるところがなんとも言えません。

それまでは文章でやりとりしていたのですが、これは清少納言行成に対する気遣いもあるのではと想像します。

なぜなら、行成は当代きっての教養人でしたが、和歌だけは苦手という弱点で有名でした。

もちろん行成と仲良しの清少納言はそのことをよく分かっています。

当時は、即興での和歌のやりとりは当たり前の世界でしたから、清少納言は最初から和歌で返してもよかったのです。

しかし、文でやりとりを続けてあげました。

行成の悪ノリがエスカレートしたので、清少納言は和歌で行成の弱点をグリグリやったのです。

逢坂の関を持ち出して、男女の恋愛関係をほのめかした行成に、

「わたしはそんな軽い女じゃないわよ」と返答したのです。

和歌をもらったら、和歌で返答するのが礼儀です。今度は行成が和歌を詠む番です。

お互いの悪ノリ合戦にどうかたをつけてくれるのか。

清少納言「さあ、どうする?」 という気分だったと思います。

しかし、行成もがんばりました。

逢坂は 人越えやすき 関なれば 鳥鳴かぬにも あけて待つとか
おうさかは ひとこえやすき せきなれば とりなかぬにも あけてまつとか

「逢坂は人が越えやすい関なので、鶏が鳴かなくても門を開けて待つ人がいると聞きますが」

 ちょっとお下品な内容です。つまり、清少納言に対して

「え?誰でも通してくれる(恋愛関係になってくれる)って聞いたけど?」

とからかっているのです。

もちろん行成としては本気でそう思ってはいないでしょう。

しかし、これを見た清少納言がしばらく口を聞いてくれなかったとしても仕方がないと私は思いました。

 

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