和歌と読み方

寂しさに 宿を立ち出でて ながむれば  

いづこも同じ 秋の夕暮れ

 

さびしさに やどをたちいでて ながむれば いづこもおなじ あきのゆうぐれ

歌の意味

ふと寂しくなり、家を出てあたりをながめていると、秋の夕暮れというものは、どこも同じようなものだなあ。

ぴよまろ
夕暮れどきって、ばんご飯のにおいがいろんなところからしてくるんだよ

ぴよ先生
この歌の作者は、どうなんでしょうね。
「ながむれば」

ぴよ先生
「ながめる」には、「もの思いにふける」という意味があります。
「宿を立ち出でて」

ぴよ先生
この「宿(やど)」は、自分の家です。
「ながむれば」と合わせると
「家を出て、もの思いにふけりながらあたりをながめると」
という意味になります。

ぴよまろ
「いづこも同じ」ってどういうこと?

ぴよ先生
「どこも同じだなあ」という意味ですが、いろいろ考えられるところです。
今からわたしが言うことは、まちがっているかもしれません。でもこういうよく分からないときに自由な気持ちで考えるのが、国語の楽しさの一つです。ところで、ぴよまろさんは「どこも同じだなあ」という表現にどんな感覚を持ちますか?

ぴよまろ
ん~、まろはやっぱり、
「どこも同じかよっ!」
かなぁ

ぴよ先生
また怒ってますね。
ほかにも
「やっぱりどこも同じだよな」というあきらめの気持ちや
「へええどこも同じなんだ」という驚きの気持ちも考えられます。

ぴよ先生
つぎに、「どこも同じ」は、何とくらべたのか考えてみましょう。

ぴよまろ
まろだったら、ばんご飯のにおいをくらべるよ!

ぴよ先生
それもいいかもしれない!

いいの?
じゃあまろはハンバーグ!

ぴよ先生

ひよこのくせに、肉が好きなんですねぇ

それはさておき、今まで考えたことをまとめてみましょう。
わたしは、作者は何もくらべてなどいないと考えました。

ぴよまろ
くらべてないの?!

ぴよ先生
どこかとどこかの「秋の夕暮れ」とくらべたわけではなく「どうせ同じだろうな」という気持ちのあらわれだと考えました。そして、わたしの考えた歌の意味はこうなりました。
ぴよ先生の考えた意味
さびしさを感じて家を出てみたけど、秋の夕暮れはどこも同じだろうな。
だったら、さびしさをまぎらそうと、じたばたしてもしょうがないよね。
せめてこの夕暮れをながめながら、もの思いにでもふけることにしましょうか。

ぴよ先生
「いづこも同じ」という言葉に込められた思いは、この和歌の中では、はっきりとしていません。
ですから、読み手が自由にその部分を想像することができます。
今日は、わたしなりに自由に想像してみました。
和歌にはこういう楽しみ方もあるのですね。

ぴよまろ
自由っていいよ

ぴよ先生
そうですね。楽しいですね。

ぴよまろ
まろはハンバーグのソースが自由にえらべるお店が好き♪

ぴよ先生
ぴよまろさんは、ひよこのくせに、ほんとうにお肉が好きなんですね……

ぴよまろ
お肉、さいこぅ!
【おしまい】
おすすめ記事