嵐吹く 三室の山の もみぢ葉は 龍田の川の 錦なりけり

あらしふく みむろのやまの もみじばは

たつたのかわの にしきなりけり

嵐が吹き、三室の山のもみじの葉っぱが散りました。するとふもとの竜田川がそのもみじの葉にいろどられてまるで錦のようです。

紅葉の名所

「三室の山(みむろのやま)」は奈良県生駒郡にある小さな山です。

標高82mですから、普通に運動靴でてくてく登れます。

その「三室の山」のすぐ横を「竜田川(たつたがわ)」が流れています。

 Google先生で画像検索をかけると、秋の紅葉だけでなく、満開の桜の写真もたくさん出てきます。

 平安時代の歌の世界では、「みむろの山」は紅葉の名所です。

「みむろの山」

「たつたの川」

「もみじ」

はセットであると考えてください。

能因法師と平安貴族と仏教

 能因法師法師(ほうし)とは、お坊さんのことです。

 今と違ってこの時代のお坊さんには貴族の出身者が多く、お坊さんだからといってお寺で修業や勉強ばかりしているわけではありませんでした。

 そして、平安時代は貴族のあいだで仏教が大流行しました。

 浄土信仰(じょうどしんこう)と言います。

〔浄土信仰〕

 念仏を唱えると、死後に極楽浄土へ行けるという信仰。

 簡単にまとめると、

 なぁ~むあぁ~みだ~~~~ぶつぅ~~~~

 なぁ~むあぁ~みだ~~~~ぶつぅ~~~~

 と念仏を唱えて浄土に行こう!

 という信仰です。

 浄土信仰の大流行のおかげで、貴族たちの中には仏教行事を自分の屋敷で盛大に催す人もいました。そこには、もちろんお坊さんが呼ばれます。

 また、当時の仏教は国が管理していました。つまり、お寺で修業するお坊さんの立場は、公務員と同じです。お坊さんの社会的地位はいろいろであることが想像できます。

 お坊さんの中には、すごく出世をして公共事業に関わる人もいれば、京の都を離れて、地域社会で仏教を広めようとした人もいれば、能因法師のように諸国を旅して歌を詠みまくった人もいます。

 能因法師は、三十六歌仙の一人として数えられるくらいですから、和歌の先生として、貴族のお弟子さんがたくさんいました。

「嵐ふく~」のこの歌は、内裏(平安京の宮中・天皇がいる御殿)で行われた「歌会合せ(うたかいあわせ)」で能因法師が詠んだものです。

 天皇が主催する歌の行事に呼ばれるくらい、和歌の世界では有名人だったのです。

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