栄一カエル
これは明治4(1871)年に下級役人(かきゅうやくにん)だった私と、政府(せいふ)の中でもトップクラスの役職(やくしょく)だった西郷(さいごう)さんとの間にあった実話(じつわ)です。
栄一の自宅(じたく)にて

ごめん。渋沢(しぶさわ)どのはおいでか。

これはこれは、西郷参議(さいごうさんぎ)ではありませんか。
こんな粗末(そまつ)な家までおいでになられて、いったいどうなさったのですか。

実はな、相馬藩(そうまはん)の「興国安民法(こうこくあんみんほう)」の廃止(はいし)を防(ふせ)ぐために力を貸(か)してほしいのだ。これこれしかじか・・・・・・・・・・・・というわけで私は相馬藩(そうまはん)の者(もの)に力を貸(か)してくれと頼(たの)まれのだ。

興国安民法二宮尊徳が作った法律

あのですね、そもそも、西郷参議(さいごうさんぎ)は「興国安民法(こうこくあんみんほう)」がどのようなものかご存(ぞん)じなのですか。

いや知らん。教えてくれ。

わかりました。
まず、「興国安民法(こうこくあんみんほう)」とは、これこれしかじか・・・・・・というものです。

それは昔からの理(り)にかなっていて良(よ)いものではないか。
やはり廃止(はいし)しないようにするのに力を貸(か)してくれ。

西郷参議(さいごうさんぎ)、あなたの双肩(そうけん)には一国を担(にな)われているのですよ。
そのような一藩(はん)に関(かか)わることだけを大事(だいじ)になさるのはいかがなものでしょうか。
今のあなた様がお考えにならなければならないのは一国の「興国安民法(こうこくあんみんほう)」ではないでしょうか。

・・・・・・

栄一カエル
わたしの熱心(ねっしん)な説明(せつめい)を黙(だま)って聞いた後、静(しず)かにお帰(かえ)りになられました。
西郷さんは、とにかく明治維新(めいじいしん)の豪傑(ごうけつ)のなかで、知らないことは知らないと素直(すなお)にいって、まったく飾(かざ)り気(け)のない人物(じんぶつ)だったのです。心から尊敬(そんけい)する次第(しだい)です。

 

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