栄一カエル
人と他の生物の違(ちが)いは何でしょうか。

人には羽がないよね。

「理性(りせい)があるかないか」「良心(りょうしん)があるかないか」みたいなことは聞いたことがあるよ。

栄一カエル
そうですね。生物学(せいぶつがく)がどんどん進むにつれて、昔から言われていた「人と他の生物の違(ちが)い」のほとんどは間違(まちが)いであったことが証明(しょうめい)されています。
動物(どうぶつ)にも豊(ゆか)かな感情(かんじょう)はあり、他のモノと関係性(かんけいせい)を育(はぐぐ)もうとする行為(こうい)は確(たし)かにみてとれます。
逆(ぎゃく)に、人も障害等(しょうがいとう)で感情面(かんじょうめん)に問題(もんだい)が生(しょう)じることもあります。
さらに、人の体の中には無数(むすう)の菌(きん)が共存(きょうぞん)しています。人と菌(きん)は別個体(べつこたい)のようで別個体(べつこたい)ではないともいえます。
人と他の生物(せいぶつ)の違(ちが)いの定義(ていぎ)を厳密(げんみつ)にすればするほど、人と他の生物(せいぶつ)の違(ちが)いはあいまいになるでしょう。

栄一カエル
ぱっと見、人に見えるからと言ってそれを人だとは断定(だんてい)できないのです。

栄一カエル
私個人(わたしこじん)の考えを言えば、人が他の生物(せいぶつ)と異(こと)なる点は、
道徳(どうとく)を身(み)につけ、知恵(ちえ)を磨(みが)き、世(よ)の中のためになる貢献(こうけん)ができるという点にあると思っています。
道徳(どうとく)を身(み)につけず、知恵(ちえ)も磨(みが)かず、世の中を乱(みだ)すことばかりする者(もの)は真(しん)の人ではないということです。
「動物(どうぶつ)の中で最(もっと)も進化(しんか)した証(あかし)としての能力(のうりょく)を持(も)つ者(もの)だけが、人の真価(しんか)を持っている」といいたいのです。

立派(りっぱ)なお仕事(しごと)についている人でも時々(ときどき)警察(けいさつ)に捕(つか)まっている人がいるよね。

ホント、いろんな人がいるよね。ぼくの町の町内会長(ちょうないかいちょう)さんはみんなからとても尊敬(そんけい)されているよ。

役職(やくしょく)の高さや持っている財産(ざいさん)の多さだけでは人は評価(ひょうか)できません。

世間(せけん)では、人は人をうわさ話で評価(ひょうか)したがるものですが、本当(ほんとう)のその人の評価(ひょうか)を見定(みさだ)めるのは大変(たいへん)難(むずか)しいものなのです。
では私が人を評価(ひょうか)する場合(ばあい)はどうしているかと言えば、このようにしています。

栄一カエル
そもそも、人の真価(しんか)というものは簡単(かんたん)に判定(はんてい)されるべきものではありません。
慎重(しんちょう)に、さまざまな事例(じれい)から窺(うかが)われるものです。少なくとも「成功者(せいこうしゃ)」に見える、「失敗者(しっぱいしゃ)」に見えるという結果(けっか)を二の次にし、よくその人が社会(しゃかい)のために尽(つ)くそうとした精神(せいしん)と効果(こうか)によって、行われるべきものなのです。
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